こころに騙されないために

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こころに騙されないために

独学で心理学を学んでいます

調査・研究で裏付けられた色彩心理学の本『色の力』

心理学 読書 大学

去年授業で色彩心理学についてプレゼンしたので、そのときに一番役に立った資料を紹介します。

 

色の心理学

色の心理学

 

 間違えました。

確かに色彩心理についてもっとも簡単に素早く知ることに関してはこの本が一番なのですが、単に青はリラックスさせる色です、という情報だけでなく、どんな研究でどのような実験をして証明されたのか・だれが論文をだしているのか、ということが大学では重要になってきます。

そういった本格的な需要に答えてくれるのがこの本です。

 

何が良いのか?

  1. 色彩学の基本
  2. 豊富な事例
  3. 参考資料の充実

です。

色彩学の基本

実は一般的な色として考えられている赤や青といった概念は、「色相」と呼ばれていて、「色」の要素が3つあるなかでの1つでしかありません。色彩を語る上で基本かつ重要なのが、残りの2つの要素である「明度」と「彩度」です。同じ赤色を使うにしても、明度と彩度が異なればまったく違った効果が現れるので、違う「色」として扱われます。本書は忘れられがちなこの要素にしっかりと解説をしてくれます。

豊富な事例

赤という字に対して情熱の色、暖色、男性から見た女性の魅力度を高めることがある。というだけでは片手落ちになってしまいます。色は、文脈が重要です。例えば女性が着るドレスの赤とファーストフード店の看板の赤と、スポーツのチームカラーの赤では、全く違う影響があります。食事の時、赤色は食欲増進の効果があるとされ、スポーツでのユニフォームやチームカラーの赤はそのチームを強く見せる、そして実際に強くすることができるとも言われています。

この本では、スポーツ、セクシャル、学習、ショッピング、セラピーなど15以上のテーマから色の影響を示してくれるので、それぞれの色について多角的に理解することができます。

参考資料の充実

この手の本では元論文や参考資料を明示していない本もたくさんありますが、この本は文中でも巻末でも、丁寧に参考にした書籍や論文が載せてあり、自分で検証したり、さらに深堀することもできます。そうでなくとも、具体的な実験の手順や研究手法も書いてくれているので、説得力があり、より面白く読むことができます。

 

色彩心理学はまだ歴史が浅く、疑似科学などと誤解されがちですが、この本はそんな風評を覆してくれます。色彩に興味がある方はぜひ読んでみてください。

 

 

 

 

【就活】手書きの履歴書がなくならない理由

人生 就活 散文 日記

手書き履歴書

就活をしていて本当に困ることの1 つが「手書きの履歴書」。

もうさんざん言及されつくしているとは思うけど、手間がかかるし、最後の一文字でも誤字したら全部書き直し、という謎の風習。さらに履歴書用紙、プリントされた写真(高額)も用意しなければならないし、郵送の場合その料金(速達の場合電車賃超えることも)もかかる訳なので、ただでさえ交通費で圧迫されがちな就活生の懐に厳しい。時間的にも経済的にも学生側の負担が大きい訳です。

さらに、聞くところによると、企業の人事の方も、紙の履歴書からわざわざ自社のデータベースに情報を手打ちで移しているらしいのです。

普通に考えれば、手書きの履歴書をやめるだけで、全国の学生と人事の方が無駄にしている膨大な時間が有効活用できるようになるので、その時間でバイトなり、趣味なり、就活なりできるようになれば簡単にみんなが幸せになれるでしょう。

今回はどうしてそんな前時代的な文化が未だに残っているのか、どうすればなくせるかについて考えてみます。

 

手書きがいいと思ってる人事なんていないはず

厚切りジェイソンの「手書き履歴書批判」 にホリエモン賛同→意気投合し対談実現へ!? | ホリエモンドットコムブログ

 

 

 手書き推進派の持論は、およそこういうものです。

・「人となり」がわかる

・漢字が書けるか、丁寧な文字が書けるかが大事である

・手書きは心がこもっている

・応募に際しての熱意が判定できる

 とても日本的ですね。どれも経験やスキルといったものを判断するのではなく、熱意や気持ちといった日本的な空気みたいなものを測ろうとしています。

(中略)

  百歩譲って、もしどうしても、漢字を覚えているか、手書き文字が綺麗かどうかといったことをテストしたいのであれば、別途漢検を受けてもらえばいいし、実際にその場で文字を書いてもらったほうがよいです。そちらのほうが、より正確に、的確に、能力をはかることができます。

 でも手書き文字を見ることが大事だという企業であっても、そういうテストは決してしようとしません。いっていることとやっていることが違うのです。ようするに、なにも考えていない、空気だけでそういうことをいっている非合理な企業だということです。

 

大石哲之『英語もできないノースキルの文系はこれからどうすべきか』(PHP研究所、2014)

  

定期的に話題になり、就活・採用・キャリア関連の書籍では、ほとんど頻出といってもいいテーマなので、人事の方なら一度くらいなら読んだことがあるでしょう。そして、だいたいの場合、非合理的だからやめようという結論になっている。仕事として人事をやっている方がこのテーマについて勉強していないことは考えられません。手書きが非効率なのは共通理解なはずです。ここまでを前提として、ではなぜ手書きがやめられないのか、どうすればやめられるのかについて考えます。

採用管理システムが高い 

これまで履歴書の話をしてきましたが、実際には履歴書は使わないという企業もあります。特に大手企業では「採用マイページ」に登録することがほとんどです。このマイページに履歴書情報とエントリーシートを入力することで履歴書の代わりとしているのです。これは、例えばマイナビの採用管理システムであるAOLならマイナビから学生の情報をとってきて埋めてくれるので自動的に名前・生年月日・住所などが埋められて効率が良い訳です。

この採用マイページを支えているのが採用管理システムなわけですが、これが少し高価です。

エントリー管理システムの裏側~マイページ登録はなぜ面倒か~ | 就活総研

採用管理システム比較 | 国内ほぼ全ての採用管理システムの特徴・料金まとめ | HR NOTE [HRノート]

 

これらの記事を読むと、公表されていないものも多くありますが、50〜90万/年以上が相場のようです。90万といういうと中小企業やあまり人数をとらない企業にとってはかなり痛いと思います。年9人しか採用しない企業の場合1人につき9万円も採用コストがかかることになります。これでは使わないという判断もあり得るでしょう。

 

情報リテラシーのない大学生たち

じゃあ、別にマイページじゃなくても、wordで作った履歴書を送ってもらえばいいじゃないかと思うでしょう。しかしながら、ここで問題になるのは学生の情報リテラシーです。私はメールやオフィスソフトの使い方を教えるアルバイトをしているので、大学生の情報リテラシー事情について人よりは詳しいと思うのですが、メールやオフィスソフトを使うことが難しいという大学生は一定の割合で存在しています。そして私の主観ですが、ITスキルと本人の優秀さはあまり関係がないように感じます。

余談ですが、これは大学の教育方針も関係していると思います*1。例えば私の母校である某有名私立大学の理系学部では、未だに手書きのレポートしか認められていません。学生は実験中に書いたメモをレポート用紙に写したり、撮った写真をわざわざワードに貼付けてから印刷し、それを切り抜いてのりでレポート用紙に貼ったりしています。しかもレポートは長いもので40ページとかあったりします。なぜそういったルールになっているのかわかりませんが、これは履歴書問題並みに大学生の時間を無駄にしていると思います。

話がそれましたがそういう訳で大学生はわりとメールでwordの履歴書を送ったり持って行ったりすることに失敗します。そして企業としても送れない学生を無視する訳にはいかないというのが実情ではないかと思います。というのも、履歴書を使うような企業では応募者が少ないことが多いのでせっかく興味をもってくれた学生を逃がせません。また、本質的には優秀さと情報リテラシーが関係ないという考えなのかも知れません。

実は学生が敵か!?

ここまで、人事の気持ちになって考えてみた、手書きの履歴書をやめられない理由について考えてみました。しかしながら、私は私たち学生の方にも原因の1つがあるのではないかと考えています。

sirabee.com

この記事によると、男性の51.3%、女性の69.0%が「手書き派」だそうです。

<手書き派>

・「手書きのほうが、その人柄が見える気がする」(20代女性)

・「Wordで打ったものよりも、手書きのほうが熱意が伝わりそう」(30代女性)

 

どうしてこうなった。まさか、人事の方ではなく、同じ就活をする立場の人間で手書きを好む人がいるとは考えもしなかった。残業するのが好きな人問題と同じパターンな気がする。

 

まずは、この「手書き=人となりを判断できる」という妄想をざっくり否定したいと思います。 

 手書きは就活おいて害しかない強力なノイズ

筆跡学 - Wikipedia

筆跡学(ひっせきがく、グラフォロジー、英語:graphology)とは、手書き文字の分析、個々の心理的特性を推測することを目的とする手法。筆跡「学」がついているので学問と誤認されていることがあるが、統一論理や検証方法が存在しないため、日本での定義としては学問ではない。各個人、もしくは団体がそれぞれに探求している段階である。

「批判」の項目を見ます。

批判[編集]

筆跡による性格診断は単なる錯誤相関であり[3]疑似科学の一種である[4]

筆跡学の信頼性を調べた多くの研究で、筆跡と性格は無関係という結論が出ている[3]。書かれている内容を同一にするなどして筆跡以外の手掛かりを排除すると、筆跡鑑定家による性格及び仕事の能力予測は、偶然以下の精度になってしまう[5]。さらに、同一人物が書いた別の筆跡に対して別の性格描写を行うなど[6]、安定性にも欠ける。

ばっさり斬られています。この記述の参考文献として示されているのはこの2冊です。

本当は間違っている心理学の話: 50の俗説の正体を暴く

不合理 誰もがまぬがれない思考の罠100

1つ目の本は私も読んだことがありますが、信憑性もそこそこありテーマも面白い本だと思いました。

 

Wikipediaを貼って終わりではまあ乱暴すぎるので、インターネットで読める論文も探しました。

ci.nii.ac.jp

インターネットで探して見つかる論文の中では、この論文が比較的新しめで、かつ内容も詳しいものだと思います。この論文で検証されているのは、文字を見た人が予想する書き手の性格と、実際の書き手の性格がどこまで一致するのかというものです。

結論からまとめると、まず、文字の筆跡と書き手の性格に相関がないことが分かりました。これは、近年の似たような研究ではほとんど一貫して相関がないという結果が出ています。逆に、読んだ人が予想する書き手の性格と筆跡では、いくつかの項目で相関がみられたということです。つまり、筆跡と性格は関係ないけれども、ある筆跡を見たときに人間が予想する書き手の性格はある一定の方向性があるということです。これは日常的な感覚とだいたい同じだと思います。

では、「文字から予想された性格」と「書き手の実際の性格」が一致するのかというと全然そんなことはありませんでした。むしろ、全く異なる性格が予想されることすらありました。例えば「実際の性格」で「調和性*2」の項目が高い人は「文字から予想された性格」では、「情緒不安定」や「誠実性」の項目が高い、あるいは「外向性」の項目が低いと予想されるという傾向がありました。

 書き手の実際のパーソナリティ特性の査定結果と照らし合わせると、手書き文字の感性印象と「筆跡から想像される性格」の各パーソナリティ特性との間に見られた相関は事実としての根拠が確認できなかった上、そのほとんどが感性印象とパーソナリティ特性との「実際」の相関から逸脱して認知されたものであったことが明らかになった。

 

また、筆跡から推測された書き手のパーソナリティ特性の個人差は、同じ特性における書き手の実際の個人差とほとんど一致しないものであり、また実際のパーソナリティ特性の違いから生じた筆跡の変動が別のパーソナリティ特性における個人差として解釈される可能性も示唆された。一般の人が行なう筆跡からのパーソナリティ特性の推測は、プロセスが誤謬的であるだけでなく結果にも妥当性を欠いており、信用性の低いものであると言うことができよう。 

 

要は意味がないどころか有害なのです。やってもやらなくても変わらないけど、やらないとどうしても気が済まない、というのならまあなんとか付き合ってあげようと思わなくもないかも知れません。しかし有害となると話は別です。多大な時間というコストをかけて、面接官に誤解を与えるようなバイアスを生み、企業と学生のマッチングにノイズをかける可能性があるというデメリットを受けとるという取引です。ふざけるなよ。

 

しかし、ここまで言っても、理解してもらえない人もいるでしょう。

字が上手くて暇な人にとって手書きは既得権益

世の中には字が上手くて、自分の字が良い印象を生むことを理解していて、それを活用して生きてきた、そして暇だという人がいます。

そういう人にとっては手書きこそが自分の土俵なので、なかなかそこからおりようとしません。面接官の方も、手書きの履歴書があるとそっちの方に注意がひかれてしまいます。また、我々電子派が勇気をだしてなんとかwordなどで作成した履歴書を提出しても、手書きの履歴書と競争させられるとなるとやはりビビります。

鞄の色とかネクタイピンの有無とか、倍くらいの値段の就活用?のスタイルがよく見えるワイシャツ*3にしようかとか、どうでもいいことで悩んでしまう就活生なので、手書きの履歴書が跋扈する現環境でword等で作成した履歴書を出すのは相当勇気が必要です。このままでは一生多数派になれません。

手は1つです。手書き禁止。これしかありません。

誰か一人でも手書きをする可能性がある環境では電子化は不可能です。

就活生はみんな同じ悩みを持っていますが労働市場では敵同士なので団結できません。

横並び一線で全員同時に電子派にならないと日本人は変わりません。

マイナビさん、一応広告業ならPR戦略お願いします。手書きは非効率、カッコワルイという空気を作るのです。日本の大学生の時間を取り戻しましょう。手書きよりはマイナビの土俵に近いからそれこそ履歴書テンプレートやらなんやらでビジネスにつながるかもしれませんよ。

マイナビがだめだったらもう法律を変えるしかありません。経団連の言うことはだれも聞きません*4し電子派OB有志でロビー活動するしかありません。

 

冗談みたいな結論になってしまいましたが私は本当に深刻な問題だと考えています。

少なく見積もって手書き履歴書が1時間よけいに時間がかかるとすると、就活生の平均エントリー数が30社*5で就活生が40万人*6とすると、年間1200万時間が無駄になっています。これを日本の最低賃金の714円で換算すると年間85億円です。これがどのくらいかというとコンドーム市場*7を軽々超えるくらいです。やべえよやべえよ。

 

そんじゃーね。

 

 こういう面接官でもないのに上から目線でコメントしてる人のせいで誤解されがちだけど実際の面接官はもっと考えてくれてると思うんだよな。人事はプロだもの。

 

「手書きを求めるような企業は受けなくていい」という意見もありがちですが暴言だと思っています。手書きを求めるとこはすべからく悪い企業ではないことは少し考えれば分かります。「電子の履歴書で落ちるならその程度の企業」も同様です。新卒採用では一度しか同じ企業を受けれないので、ほんとうにいきたい企業の場合、安全策をとって手書きにするしかありません。

 

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*1:そういえば、公式の履歴書用紙は大学毎にありますが、Wordで使える履歴書フォーマットを用意している大学は少ないですね

*2:ここでいう「調和性」や「誠実性」は心理学ではビッグ・ファイブと呼ばれる指標で、文化差や民族差を超えた普遍性をもつものとされています

*3:AOKIで売ってた

*4:就活の解禁時期については私は現状のまま企業によって色々でいいんじゃないかという考えですが

*5:

就活生の平均エントリー数と内定数の関係性|キャリアパーク[就活]

*6:

データでみる就活:朝日新聞デジタル

*7:69億円、2014年国内出荷金額ベース

【就活】面接で緊張しない方法

日記 就活

 

最近就活を本格的に初めて、面接を受ける機会が増えたので、緊張をほぐすために実践していることを書いてみる。

 

緊張は良いものと捉える

Kelly McGonigal: How to make stress your friend | TED Talk | TED.com

ストレスが健康に体に悪くはない ストレスの驚くべき効能 - ログミー 

「心臓がバクバクするのはすばやく次の行動に移るため、呼吸が早くなっても大丈夫、それは脳にたくさんの酸素を送り込んでいる証拠ですから」。
このように説明を受け「ストレスはよい結果を残すのに欠かせないものなのだ」と理解した参加者のストレスや不安感情はより少なく、自分への自信度が高まりました。

このTEDではストレスという言葉が使われているけど、日本語としては緊張の方が近いと思う。メンタルヘルス的な問題になるような長期的で過剰なストレスは良くないが、緊張程度のものならこの考え方でいいと思う。つまり、緊張が悪ではなく、「緊張しちゃった、どうしよう」という気持ちが悪であるということだ。

心臓の鼓動が速くなって、体温も上がってくるような緊張状況は、交感神経が優位になっていて、周りの状況に合わせて素早く反応できる体勢だ。なので、むしろ少しくらい緊張していた方が面接では都合がいいくらいなのだ。そういうスタンスで臨む。

 

緊張に「ありがとう」と言う

 オカルトみたいな話だけど、本当に効果がある。フォーカシングという心理療法を元ネタにしてアレンジしてみた。

鼓動が速くなってきて、緊張してきたなと思ったら、そういう身体の状態に意識を集中して、「緊張さん、どうもありがとう。もう大丈夫だよ」と心の中で語りかける。口に出したら危ない人だが、これが本当によく効いて、悪霊から解き放たれたみたいに一気に心拍数も下がってリラックス状態になれることが多い。

 

練習する 

 当たり前だけど、面接に自信がなければ緊張するのは当たり前だ。他人のスライドでプレゼンをしたり勉強してない科目のテストを受けたらしどろもどろになってしまうのは当然。

自己紹介や強み弱み、逆質問くらいはさらっと言えるようにしている。

 

場慣れする

身もふたもないけれど、緊張の最大の原因の1つは、慣れていないことだと思う。初めて女の子とデートするときや、初めて海外で人に道を尋ねるときはドキドキするのが普通だ。

だから、面接という状況を日常の一部にしてしまうのが最終的にはベスト。スポーツ選手が練習と同じ気持ちで本番に挑むのと同じだ。

  

 

rutei.hatenablog.com

 

偏差値40の高校から自宅浪人失敗してMARCHに入学した不合格体験記

大学 浪人 人生

いつか書こうと思っていた内容だけど、大学四年目にしてようやく気が向いてきたのでまとめたいと思います。

これから浪人する人にはもしかしたら参考になるかもしれないし、ならないかもしれないけど、宅浪(自宅浪人)ってこういう人もいるのか、と想像してもらえたら幸いです。

不合格体験記となっているのは第一志望がビリギャルよろしく慶應SFCだったからです。

 

宅浪の実態

高校までは国公立以外の大学はほとんど知らなかったので、現役では埼玉大学を受験して不合格になりました。地元の他の大学には合格していたけど、とにかく地元にいたくない、上京したいという漠然とした思いがあったので、浪人させてもらうことにしました。自宅浪人になったのは、1時間以内で通学できる範囲に予備校がなかったからです。
自宅浪人なんて、成功するのか? と思う人も多いかも知れないけれど、私の考えとしては、不可能ではないと思っています。大学受験業界では参考書の競争がかなり激しく行われていて、どの参考書もめちゃくちゃ洗練された出来でなおかつ種類もたくさんあります。そのため、誰でも自分の実力に合わせて自分に適正に合う参考書で学ぶことが可能になっています。むしろ予備校よりお得で良いかもしれません。
しかし、自宅浪人にはデメリットもあります。それが自分の中の怠惰です。学校に通っていれば宿題や模試の日程も先生が決めてくれるし、一緒に勉強する仲間もいるから自然と勉強する姿勢にはなります。自宅浪人は全てを自分で決められる権利があって、自分に厳しくすることも優しくすることも理論的には可能ですが、人間は易きに流れます。1日7時間勉強してもう十分だと思う自分を叱りつけて寝るまでの残り時間をさらに机に向かわせる精神力を持っていなければなりません。
かっこつけて7時間なんて書いてしまったけれど、自宅での学習習慣のない序盤は3時間の勉強ですらかなりの工夫と気合が必要になりました。学校に通っていた頃は無意識に確保できていた日中6コマ分の勉強時間も、自分で判断し行動する環境下に置かれるとだいぶ難しいノルマになるのです。

私は一年後の受験を身近に感じる為に模試を月2回ペースで申し込んでそれを目標に勉強するようにしていました。今勉強することと大学に合格することのつながりが希薄になっていくとどんどんだらけて落ちていってしまう(いろんな意味で)ので、意識づけする習慣をもつようにするのが重要です。「いま勉強すれば受かる」をキャッチフレーズのように唱えて自分を奮い立たせていました。
わたしは図書館や自習室などいろんな場所を試した結果、自宅に落ち着きました。自宅には母と祖母がだいたいいたので、見られている感覚が少しはあり緊張感を保つことができました。図書館は集中できると思いきや、完全に自由の身なのでぼーっとしたりスマホをいじったり昼食の時間を長めにとったりしてしまいがちになってしまいます。

志望校と科目選択

慶應SFCが第一志望とはいっても滑り止めが必要だったので、メインの英語+現代文+暗記科目で受けれる偏差値一定以上の大学のを探しました。高崎経済大学などの国公立大学と、マーチの一部学部のセンター利用です。結局これでマーチに入学したので、この時にマーチを選択肢に入れていなかったら人生がだいぶ変わっていたかもしれません。
センター試験では政治経済と現代社会両方を受験して良い方の点数を使うことにしました。これは一つの受験テクニックです。政治経済と現代社会はほとんど同じ科目なのです。私の記憶が正しければ、政治経済の範囲に現代思想という単元を加えた代わりに簡単な問題が出るのが現代社会で、現代社会より範囲が狭い代わりに細かい問題がでるのが政治経済である。つまり、たとえ1科目しか必要なくても、この2科目を同時に受けて点数が高い方を使うことで、時の運による点数の変動を抑えることができます。実際私はセンター試験本番で政治経済81点(調子悪すぎ)、現代社会100点満点(調子良すぎ)でした。ちなみに、センターの社会科が2科目必要な国公立大学などでは基本的に政治経済と現代社会は同時受験できない制度になっています。

実はセンター現代文のみ受験するというのもある意味裏技で、センターの国語(現代文+古典)受験者に比べてセンター現代文のみを受ける受験者は、相対的に持ち時間が2倍になるのです。センター国語(現代文+古典)の試験時間は200分で、それは現代文と古典両方解く場合でも現代文のみ解く場合でも同じです。制限時間をタイトに設定して焦らせる性質があるセンター試験ではかなりのメリットになりました。

センター現代文

しかし、センター現代文に関する私の見方はいまだに「運ゲー」のままです。過去問や模試などを解ける限り反復練習し、平均80〜90点に調整できるようになってはいましたが、本番では70点でした。
現代文を教える参考書では、まず最初に現代文は運ではなく解き方を覚えて練習すれば誰でも成績が上がるという説明を受けます。確かに、参考書の通りにやれば成績は伸びるのですが、意外とすぐに限界がきます。参考書のいう解き方は確かに普遍的で有用なのですが、その解き方を使う際に必要な前提知識(センス)がないと、結局うまく解けません。センター試験で問われることが多いのは究極的にはある言葉の意味(それがなにを表すか)で、私のようにあまり正しい日本語になじみがなかったりかたい文章を読んだりする経験がない人間は、その知識が(受験的な意味での)正解とズレていることが多く、その修正が容易ではありませんでした。したがって、選択肢にたまたまよく知らない言葉や熟語が多く出てくると急激に得点が下がってしまうのでした。読解問題の一問8点という殺人的な配点もそれを後押ししていますね。


それでもなんとかなるセンター利用

現代文で70点台をとってしまうようなことがあっても、安定してマーチのセンター利用に合格することは可能かもしれません。私の場合は前述のように現代社会で100点、加えて英語でも180点を取ることができたので、3科目平均して得点率は87%。80%と言われているマーチのセンター利用のボーダーを余裕を持って超えて2大学に合格しました(ちなみに、調子が悪かった政治経済の点数を使っても82%)。センター現代文と社会科目の勉強を始めたのが10月中旬からだったので「3か月でマーチ」を地でいっていました。もちろん政経現社・現代文で受けられる学部学科選びがあってこそなのですが。

加えてこれには、慶應SFC対策で英語だけはひたすら勉強していたことが効いていたと思います。慶應SFC志望としては180点はむしろ低いくらいなのです。だからこそ落ちてしまったのですが。
個人的には英語は文の解釈はなんとかできるようになっていたのですが、読むスピードがなかなか上がりませんでした。正解率は高いが半分までしかとけない、という状態が続いていました。そこで受験界隈で有効だとされている音読をためして、参考書や過去問を毎日1時間以上音読する時間をとるようにしました。それは夏からやっていたのですがだんだんとスピードが上がり、センターやSFCの過去問も時間に間に合うようになっていきました。ただし、この音読はいささか感覚的なものなので上達している実感があまりなく、結果が出るまでは本当に不安でした。しかも、結果が出るまでの下積み期間も人によって違うらしいので厄介でした。

小論文対策

慶應SFC小論文対策としては夏までは資料文を読めるように簡単な現代文の勉強をやっていて、それから自分で書く練習を始めました。慶應SFCの小論文はかなり特殊なもので、正直未だによくわかっていないところがあります。あまり下手なこと書くと意図せぬミスリードになってしまう可能性があります。ただ、結構勉強して11月の大手予備校の模試で全国一桁順位になったりしたのに落ちてしまったので、大手予備校などの一般的な採点基準と慶應SFCの採点基準が質的になにか違うのではないかという仮説を持っています。

自宅浪人のメンタルコントロール

普通の人は毎日の仕事や課題に追われていて精一杯なので過去のことはそんなに頻繁に考えないと思うが、自宅浪人は新しく社会的なイベントが起こらないので過去の恥ずかしい出来事とか浪人した途端振られた女の子のこととか「どうして人生こうなっちゃったんだろう」とかがもんもんとフラッシュバックしてきて定期的に死にたくなっていました。ニートの人とかがどうやって精神を保っているのか不思議でしょうがなかったです。
加えて親との関係性を良好に保つことも重要と思われます。私の場合父親との関係が非常に悪く、受験に全く協力してもらえませんでした。慶應だのマーチだの大学名を上げて将来の構想を説明するとお前には無理だとか気でも狂ったのかとか言われて拒絶されてしまいました。別に学力で見返してやればいいのですが、受験に落ちたら一年ニートやってたのと同じ、人生おしまい、くらいの気持ちで勉強していた私としては父親にそういう反応をされるたびに本当に自分がダメな人間であるかのように感じ、どんどん辛くなっていきました。それに、問題演習中に呼び出されて、ビールとってこいとか、お湯が沸かすから沸いたら呼んでくれとか言われるのが本当に苦痛でした。
そしてそういったストレスが実際に症状としても現れてきました。お昼に10〜20分仮眠の時間を取るようにしていたのですが、そこで金縛りになったり、明晰夢幽体離脱体験や幻覚・幻聴体験をするようになりました。睡眠時無呼吸症候群の症状もありました。1番怖かったのは、ふと目を覚ますとシーツに大きなスズメバチが這っていて、だんだんとこちら側に近づいてくるのです。その時は金縛りはなく体が動いたのでなんとかおそるおそる毛布でそいつを包み込んで、渾身の力を込めて握り潰しました。そして開いて見るとそこにはなにもいないのです。あ、自分やばいな、と思いました。ベッドの上で10分くらいぼーっとしていました。
浪人後半には虫歯も増えてきました。虫歯を治すために、歯医者に通うと、その度にまた新しい虫歯が見つかるのです。それが三ヶ月続いて、人生で治療した本数が一気に10本くらい増えました。最初は歯医者の詐欺かなにかだと思いましたが、医者の説明によるとストレスで虫歯を予防する唾液の分泌が少なくなり、虫歯ができやすくなっていたそうです。
今の自分なら病院にいったり、勇気を出して父親と話し合ったりという判断ができるかもしれませんが、この時は完全に視野が狭くなっており正常な判断ができなくなっていました。

 

もしも最初からやり直せるなら

ここまで読んでくれている方はほとんど宅浪の当事者か、宅浪を考えている学生だと思います。現在の私からみて、当時どうすればよかったのかについて書くので、参考にしてみてほしいです。

まず、予備校に通います。いきなり前提から否定することになりますが、やっぱり予備校に通った方がよかったと今では思っています。自分で自分を勉強させることができる人なら宅浪でもいいと思いますが、私の場合はそうではなかった。友達を作るとまではいかないまでも、愚痴を言い合ったりできる仲間が近くにいた方がむしろ全体としてストレスが軽減されて安定して勉強できるようになると思います。自宅浪人の場合自分で自分を勉強させることがまず大きなストレスになりやすく、どんどんメンタル的な体力が減っていってしまうのではないかと思います。宅浪を考えている人にははっきり言いますが、本当に宅浪はおすすめできません。それでも宅浪を選ぶのは私のように社交性がなく引きこもりがちな人が多いと思いますが、そういった性格面もどうせ今後大学や就職活動でめちゃくちゃ困ることになります。ついでに今のうちに表面上の社交力だけでも獲得したほうがいいと思います。

あとはもう少し集中力とか、科学的な学習効率について調べておいた方が良かったと思っています。いろいろな参考書を読み比べて吟味する時間があるなら、少しでも科学的な学習法について知る時間に充てましょう。大幅に効率が上がると思います。大学で心理学についてある程度勉強したので今では少し詳しいのですが、当時はわりと感覚でやっていました。

 

 

 

 

 とりあえずここらへんの本をさらっと読んで試してみるだけでもだいぶ変わってくるのではないかと思います。

追記 

このブログにしては意外と反響が大きかったので、具体的な参考書もいくつか紹介してみたいと思います。他の受験ブログやインターネットの記事にはなかなか載っていないような参考書を載せておくので、気になったら書店などで確認してみて欲しいと思います。

 

 英文解釈ができるようになっても、なかなか早く読めるようにならなかった時に、これをひたすら音読していました。付属のCDの読み上げ速度が異常に速く、リスニングにも効果があると思います。結果的に夏前はセンター試験第5問、第6問が時間切れで解けなかったところから、本番では時間が20分余るくらい速く解けるようになりました。リスニングも満点になりました。

 

 

 現代文や小論文の資料読解に使えます。どの文がどの文の主張の根拠になっているのか、一文ずつ丁寧に検討する練習ができるような構成です。根拠が十分でないことを発見したり、文章のどこがおかしいのか指摘できるようになります。特に小論文では資料文に反論することが必要になる場合もあるので、かなり効果がありました。大学入学後に読んだ本ですが、知的複眼思考法 誰でも持っている創造力のスイッチ (講談社+α文庫)も同じ路線でかなりの良書です。

 

  

rutei.hatenablog.com

 

 

 

rutei.hatenablog.com

 

『さあ、才能(じぶん)に目覚めよう』ストレングス・ファインダーをやってみた

人生 日記 読書 心理学

 

春休み実家に帰ったら祖父にお小遣いをもらったので、無駄遣いしないうちに本でも買おうと思ってずっと気になっていた本を買いました。

ジャンルとしては自己啓発本なのですが、大学の図書館にもあるくらい長い間受け入れられている有名な本です。図書館で借りずになぜ買ったかというと、この本には「ストレングス・ファインダー」という才能発見webテストみたいなものを受けるためのパスコードがついてくるからです。自分で買わないと受けられないんです。

 

この本は、そもそも「才能」という言葉の再定義から始まります。普通才能といったら生まれ持った特殊能力といったイメージですが、この本では「あなたの中で永続するもの」とされます。つまり才能とは、ある人が生きている中で無意識にしている思考や行動や感情に繰り返し現れるパターンに名前をつけたものということです。だから才能はだれにでもあるものだし、才能それ自体には良いも悪いも無いということらしいです。

webテストに答えると、全部で34種類ある才能の内、自分によく現れる5つが判定されました。早速やってみたところ、私の才能の上位5つは以下の通りでした。

〈着想〉意外な結びつきを発見する。

〈回復志向〉問題解決したがり。

〈内省〉考えることが好き。

〈個別化〉一人ひとり、あるいは1つひとつの個性に興味をひかれる。

〈収集心〉知りたがり屋。

言われてみるとなるほどな、確かに、と思うものが多いです。〈個別化〉だけあまり思い当たるところが無かったけれど、よく考えると、過度に一般化した表現を聞いたりする時に「同じAでもA1は〜で、A2は〜だから〜」と考え込んだり心の中で反論する癖があることに気付きました。そういう意味ではあたっているのかも知れないです。

ここにない29種の才能のなかには〈社交性〉や〈ポジティブ〉など、私が全く持っていなそうなものや、〈慎重さ〉〈規律性〉のように少しは当てはまりそうなものもあります。この本に載っているいろいろな才能や、その活用の仕方などを読んでいると、私の友人たちにもテストを受けてもらって、彼らの才能がどういうものなのか知りたくなりました。

 

Amazonのレヴューではパスコードだけでいいとか書いてありますが、一応独学で心理学をかじっている身としては、なぜ才能を発見し活かすとこが重要なのかというのが脳科学神経科学的に論証されている部分なども楽しく読めたし、納得感が高まりました。買ってよかったと思います。

 

 

『ヒカルの碁』アプリで再読したらとても良かった

散文 日記 読書

 17.3.29 追記 アプリはもうなくなってしまったみたいです。

 

ヒカルの碁完全版 1 (愛蔵版コミックス)

ヒカルの碁完全版 1 (愛蔵版コミックス)

 

 

 App Storeで1日1巻読める『ヒカルの碁』のアプリがあると聞いたのでここの所ずっと毎日読んでいたが、とうとう読み終わった。

一回目読んだのは小学生低学年の頃だったので、記憶は定かでは無いけど、影響されて囲碁を始めたり(なお、続かない)夏休みの自由研究で本因坊秀策について調べていたりしたから、かなりはまっていたのかもしれない。

 

今になって読み返してみると展開が早く同年代のライバルと戦うという少年漫画の王道的な物語で未だに普通に面白く読めた。碁の漫画というと地味なイメージかもしれないけど、登場人物たちの表情や説明台詞や、対局までの背景などが合わさって、けして地味ではなく白熱したバトルとして読める(手を差す時の動作や姿勢が格好いいのも大きいかも)。

男キャラクターたちがみんなかっこよく、ある意味かわいく、それぞれに壁にぶつかりながらなんとか乗り越えようとしていく過程にどこかほった ゆみの母性のようなものを感じた。作品全体にまさに「優しい世界」のような雰囲気があった。原作が男性だったら、心情の描かれ方はもう少し違ったものになっていたんじゃないか思う。どうでもいいけどヒカルの母と女性担任の会話がすごくリアルだった。

 

ヒカルの碁』は最終回は打ち切りだったのではないかという説がある。自分も読み終わった時に感じた。ヒカルと緒方や塔矢行洋との絡みや、最終回で辛い状況にあったであろう和谷の今後などなど、いろんな広がりを醸し出していただけにあの終わり方は少し不自然に感じる。ただ、物語全体の今後の軌道のようなものは十分想像できるようになっているので、原作者としてはあれでいいと判断したのかもしれない。そのせいか『ヒカルの碁』の夢小説はあの時期のジャンプ漫画としてはかなり多いようだ(自社調べ)。

 

 

内向型ネガティブ人間が承認を急激に浴びたら外向型ポジティブ人間になりかけた話

日記 人生

 

 

10月から12月の終わりまでの2か月間くらい、俺は今までに無いくらいポジティブで能動的で積極的だった。自分はやれば何でもできるんじゃないかっていう無根拠な自信がいつの間にか出来上がっていて、自分の人生で駒を1つ進めることにすごく集中できていた。そのせいで柄にも無くリーダー役を担当して自分の時間の多くをそれに費やしたりした。そしてそのことが全く苦でなく、むしろ自分の成長の為になると喜んでさえもいたかもしれない。はっきりいって今までの自分からすれば異常な状態にあった。

 

要因は10月に今までずっと関わってきたプロジェクトが終わって(一応、成功という形で)、それで多くの人にほめられたからかもしれない。俺は一応中の上くらいのポジションにいたので、みんなにほめられたり感謝されたりした。毎日の様に仲間や後輩とご飯に行ってそれについて話をした。また、それがきっかけでまた別のグループのイベントで幹事やリーダーをまかされたり、来年の同じプロジェクトではもう一、二段上のポジションで仕事をすることになった。今までほとんど接したことの無い女の子複数にご飯に誘われたりした。なんだか自分の人生が急にいろんなイベントで敷き詰められて舗装され豪華になったような気がした。

 

でも、次第にそのような波は途絶えてきて、最近はまた以前のような生活にもどった。また今再び、やる気がなくなった、そしてネガティブになった。

 

多くの人が俺に求めたり、興味を示したりしたものは、結局仕事上の問題であって俺自身の人格では無かった。それは一時的なもので継続的なものにはならなかった。そして俺としても彼らに興味が無かった。進んで彼らに何かを与えたり、彼らについて知ろうとしようとはしなかった。それで心地が良かった。小さいコミュニティでのろのろ生きる方が自分には向いていたからだ。

その方が向いていたはずなのに、やはり自分の精神的にはネガティブになってしまって、調子が悪くなった。自宅浪人していた時と同じ様に、同じような悩みやストレスがループしてずっとテンションが下がり続けていく感じになる。

こんな能力が低い自分は生きていてもつまらない、楽しくない。能力を向上させる方法は探せば簡単に見つかるし、適切に自分をコントロールして努力すれば、もっとより良い自分になることは不可能ではないだろう。しかし、生まれた時から、あるいは生まれてから今までの積み重ねが必要な部分はもう取り返せないし、そういう意味で有利な人にはどうがんばっても勝てっこ無い。だったら、面倒だ。特段楽しみもないし。……。こんな具合だ。

 

もしかしたら、小さいコミュニティで生きるのが向いてるとか言いつつ、無意識下ではやっぱり俺も承認とコミニケーションを大量に浴びることで幸福感があがるのかもしれない。

あるいは、今までのプロジェクトがただ仕事を淡々とこなせばいいだけだったのに対して、それが終わって自分で目標を見つけなければならなくなったせいかもしれない。僕はプロジェクトの歯車になることはできても、自分の人生の主人公になれるほどの当事者意識は無いのかもしれない。

答えはまだわからないけど、10〜12月の間の70%くらいでもポジティブに積極的になれたら、より良い人生にできそうなのは間違いない。そういう自分の中身を注意深く観察しながら生活して、残りのモラトリアムの間にはヒントを掴んでおきたいと思う。

 

 

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