こころに騙されないために

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こころに騙されないために

独学で心理学を学んでいます

音楽の孤立

音楽
音楽を友達とか薦めるのって結構難しい。逆に、誰かに薦められたときにも、それが良い曲なのかどうか判断しづらい。なんかピントが合ってなくてちゃんと聞けていないような感覚になってしまう。
その理由は音楽が再現を喜ぶ特殊な娯楽だということなんじゃないかと思う。
映画も小説もゲームも演劇も、大抵の娯楽は2度目より1度目の方が楽しめる。もちろん何度も味わうことで深く読むことができるといった要素はあるけれど、3度目のほうが1度目よりドキドキワクワクするということはあんまりない。
しかし音楽は逆で、普通はすでに知っている曲を聴きたいと感じる。1度目より2度目のほうが楽しめる。

だから音楽を人に薦められて初めて聴く時は、その輪郭をちゃんと捉えられず微妙な気分になってしまうわけだ。
メロディーが綺麗だねとかそういう一般的なコメント出来ても、その曲の中毒性とかそういうものは体感できないことが多い。結局、あんまり口コミでは音楽は広がりにくい。

人気アイドルグループなどはだいたいテレビやコンビニでいつも流れているから、ほとんど常識のように多くの人に聴いてもらえる機会(と、同時に"再"生される機会)があるけれども、マイナーな曲はそうもいかない。メジャーな曲はメジャーだからこそ聴かれ、マイナーな曲はマイナーゆえ聴かれないという構図になってしまう。
そんな状況だからこそよりマイナーな曲を聴いている方がカッコイイ(?)という思想もできたりする。情強が情弱を馬鹿にするのに似ている。


みんなで聴くスタイルの衰退

こういう状況に拍車をかけてしまったのが、みんなそれぞれ端末を持っていて、イヤホンを使って1人々々個別に好きな曲を聴くというウォークマンが作った音楽文化だと思う。

ウォークマン以前では、特にアメリカではでっかいラジカセを男の子が担いで持ってきて、それでみんなで音楽を聴くという風景があったらしい。本物はみたことないけど、70年代のアメリカ映画とか見るとそういう人良くいるよね。
もっと前なら、音楽はオーケストラのコンサートで聴くしかないっていう時代もあったはずだ。
こういう時代だったらみんなで一緒に同じ音楽を聴くのが普通だったわけで、だれかに音楽の良さを伝える難しさとかも特に無く、新しい曲やマイナーな曲もいまよりはスムーズに受け入れられてたんじゃないだろうか(推測)。

違法ダウンロードを完全禁止してもCDの売り上げはあんま伸びなかったというニュースがあったけど、音楽産業衰退の根本的な原因はむしろこっちの方なんじゃないだろうか。あとYouTube

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